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去る三月 [よしなしごと]

あ~
今年度が終わります。


結局、新コロが制圧できないままの新年度。


どうなりますやら。




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まだ出てくる [健康]

鼻の手術をして、ひと月以上が経ちました。


鼻はおおむね快適ですけど、時折、まだ詰まることがあります。


こういう時は、必ず、かさぶたが落ちてきています。
手術したところにできたかさぶた。


これ、一度、大きな・・・一円玉くらいのものが落ちてきたので、これでもう終わりかと思っていたら、次から次へと、そんな大きさのものが落ちてくる。


一体、どういう傷跡になっているのか心配になります。



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学生時代 [大学時代]

卒業のことを思うと・・・ふと、アナウンス研究会の先輩のご挨拶の一言を思い出します。


「学生の頃が一番楽しかったとは思いたくないので・・・」


そんなに、アナウンス研究会の活動にのめりこんでいらっしゃった先輩ではなかったし、特別に親しくしていたわけでもないのですが、この言葉は強烈に頭に残っています。


おかげで、僕も、その言葉の通りに、年を重ねております。
昨日より今日、そして今日より明日。


今が一番楽しくて、そして、明日はもっといい日になると思っています。




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好きです御茶ノ水 [よしなしごと]

月に一度、僕は体調管理のために秋葉原にある病院に行きます。
27日の土曜日がちょうど、その通院日でした。

診察が終わって、次の予定まで時間があったので、またお茶の水まで歩きました。先月もそうだったのですけど、そのことを記事にするのをのびのびにしてしまいひと月経ってしまったのです。

途中神田神社に参拝。
桜が美しかった。

そしてお茶の水へ。
お茶の水は、僕が受験生・・・浪人生としての1年を過ごした街です。
昭和63年のこと。

3月の末ごろに、僕は駿台予備学校への入学の手続きをするために、高校の時に受けた模擬試験の結果票を机の中だか、戸棚の中から探し出し、それを携えて、単身、東京に向かいました。
そのときに見た景色って、どんなだったのだろう。
じつはあまり覚えていないのです。

お茶の水の駿台予備学校のどこかの校舎に行って手続きをしたのだと思いますけど、どこだったのかも覚えていない。入学案内にある地図を頼りに現場に向かうので精一杯だったんでしょうねぃ。そして、入学の手続きをした後、住まいとして目星をつけていた駿台予備学校の寮に入るための面接を受けました。その会場も、どこだったのだか覚えていません。
面接官として、僕の相手をしてくれたのが、安宅和人さんという、当時、寮の舎監をしていた学生さんでした。覚えているのはそれだけです。面接をした時には、お相手が誰だかわからない。それは入寮を許され、寮に入って知ったことですけど。
この安宅さん、今はYAHOO!のCSO(チーフストラテジーオフィサーの略だそうです・・・とにかく偉い人)それに慶大の教授さんなんですって、その他にもいろんなすごそうな肩書き持っていらっしゃる。
https://pixiedusttech.com/pixienest/kazuto-ataka/
たとえば、このページなんか・・・安宅さん、お顔が少し丸くなられている様子ですが当時とお変わりない!

桜の景色なんて見たのかなぁ・・・
その当時の僕に桜なんて愛でる余裕は無かったのでしょう。まったく、そんな記憶も無し。

そしてそれから30余年。
少しずつ変わっていくお茶の水の景色の中、あの頃から変わっていないものを探して僕は時々お茶の水に行きたくなります。

荘厳で大陸の息吹を感じられる湯島聖堂
聖橋のアーチとその下を流れる神田川
聖橋からの眺め・・・
それは橋の向こうのニコライ堂
あるいは医科歯科大に順天堂
秋葉原の電気街を背景に行き来する電車たち
橙の中央線とクロスして、その上を通っていく黄色い総武線
トンネルから一瞬顔を出してすぐまたトンネルに吸い込まれていく赤い丸の内線も
その当時には殆ど気に留めたこともなかっただろう駅の前の店たち
栄光の駿台予備校の校章
我が学舎4号館を望む、ダラダラ長い池田坂
吸い込まれそうに長い新御茶ノ水駅のエスカレーター

その全てが愛おしい。
そんな特別な景色でもないのにね。

浪人していた頃の僕は、後ろを振り返ることなんて無くて、ただ未来だけを思い描きながら、この景色を見ていました。そんな超前向きな自分を思い出させてくれる景色だから、時々、ふらっと歩きたくなるのでしょう。




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花満開 [カラテ]

ずっと、つまらない僕の思い出ばかり書いてしまいました。

たまには、今のことも書かなくちゃ。

今週の木曜は、極真会館 フジテレビ同好会定例の稽古でした
そして、その稽古に、久々( ン 年ぶり!?)に志牟田徹さん(4級)が稽古に復帰されました。
志牟田さん、入門は私と同じころなので・・・まだ前の社屋で稽古していた頃です。

稽古って、一度、足が遠ざかると復帰をする気持ちも自分からどんどん遠ざかっていきます。私も記者稼業していた時など、年単位で道場から遠ざかっていたことがあったのでよくわかります。
一旦、そうなってしまうと、稽古に行こうと思うより、何かと理由をつけて、来週からにしようだとか、それが再来週になり、来月になり、来年になりで、どんどん時だけ過ぎていく。
そこはもう、ワタクシは自分との戦いだと思っています。

志牟田さん、見事、自分との戦いを制して、また稽古の輪の中に戻ってきてくださいました。嬉しい!!!!!!

この心意気に応えるべく、ワタクシも奮起の春です。
おりしも、お台場の社屋の前の桜は満開なのでした。

押忍



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卒業 [大学時代]

3月は卒業の季節。

この状況で、出歩くことが少なくなったのが、そもそもの要因ですが、あまり、その風景に出会いません。とはいえ、はかま姿の学生さんを時折見かけるようになり、卒業の季節を改めて実感します。

僕が大学生を卒業したのも、この時期。
平成5年の3月25日でした。
例年、中央大学ほか、多くの大学が、この25日を卒業式の日としていたように思います。

どんな一日を過ごしたんだろう。
両親が卒業式に出てくれました。でも、ろくに一緒にいなかったんじゃないかな。

キャンパスで一緒に、いくらか写真を撮って、卒業式の会場に入ってしまったら、学生席と客席に分かれてそれっきりだったんじゃなかったでしょうか。

あとは、学生の謝恩会・・・アナウンス研究会の友人と各学部の謝恩会を渡り歩いて、そのまま追い出しのコンパに出たんだろうなぁ・・・そして終電で帰宅したことはしたんですよねぃ。
帰宅したら、アナウンス研究会以外で最も仲の良かったクラスのお友達から、4年間ありがとうっていう留守番電話が入っていて、ジーンときたのを覚えています。



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アルバムやライブ [よしなしごと]

その後も、元春さんのアルバムは、ノーダメージを一つさかのぼったサムデイや、高校2年の冬に待ちに待ったリリースがあったカフェボヘミア・・・それぞれ、買ったとき、家に持って帰ってきたとき、そんな何気ないシーンが、今でもはっきりと思い出されるんです。


そんな僕でしたが、ライブに初めて臨場したのは、大学に入って4年の時でした。
なかなかチケットは人気で手に入らなかったですからねぇ。

そんなアルバムやライブの思い出も、また、機会を見つけて書いてみたいと思っています。
いったん、ここで、元春さんの話は一休み。



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お経!? [よしなしごと]

何日かにわたって、僕と佐野元春さんの歌にかかる思い出を書きました。
取り留めなくなってしまったきらいもありますけど・・・まぁお許しください。


ノーダメージを繰り返し繰り返し聞いていた中で、ほかのアルバムも聞いてみたいと思い始め、その当時の最新のアルバムだったビジターズを買って、その斬新さに驚いた。


なんだ、この曲に合わせて言葉でリズムを刻んでいく曲は!?
まだラップという言葉があまり知られていない頃のことです・・・お経みたいだ、って正直思いました。でも、それがとても面白くて、これも何度も何度も聞きました。


だから、お経みたいでも、僕は、今も古コーラス歌えますよ。
コンプリケーションシェイクダウンやカムシャイニング。



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もし・・・がなかったら [よしなしごと]

今も、思うことがあります。

僕が、元春さんを追いかけるきっかけとなったのは、アルバム「ノーダメージ」に出会ったことがきっかけでした。

もし、親戚の家にカラオケが無かったら。
もし、カラオケがあったとしても、サムデイが入っていなかったら。
もし、電気屋さんで、思惑通りラジオが手に入っていたら。

どうだったのでしょう。

しかも、ノーダメージをレコードだから、最初から聞き始めましたけど・・・
つまり、レコードに針を落とすという繊細な操作のために、個々の曲を選ぶのが面倒だったレコードはなくて、比較的、選曲しやすいCDだったら、最初にサムデイから聞き始めて、そればかり聞いていたかもしれません。

このノーダメージというアルバムは、その構成・・・アルバム全体が元春の世界なのです。ぼくは、それに衝撃を受けたのです。
そもそも、当時は、まだCDは出始めのメディアで、まだ音楽の再生メディアとしてはレコードが主流でした。だから、新しいステレオシステムを買う時も、まだ、レコードが当分主流だというので、レコードプレーヤーを選びました。CDデッキは割高だったし。
だからレコードにしたのだけど・・・もしCDだったらどうだったろう。

そんなことをふと思います。
でも、これが縁というものなのかもしれません。

元春さんの歌に衝撃を受けることができて、僕は、本当に幸せでした。



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LPレコードの衝撃 [よしなしごと]

高校1年生の頃のお正月すぎ。

お年玉をもって、僕は電気屋さんに行きました。
ラジオを買いたかったのです。

でも、残念ながら、品切れで、お目当てのラジオを買うことができませんでした。

購買意欲、その高揚感の行き場を失った僕。
どうしようと思案して、近くにレコード売り場があることに気が付きました。

そうだ、先日、カラオケでうまく歌えなかったサムデイ・・・佐野元春さんのサムデイの入ったレコードを買ってみよう。新しいステレオセットも買ってもらったばかりだし。
そう思って、ただそう思って、佐野元春さんのレコードを探し、見つけたのが「ノーダメージ」というアルバム・・・LPレコードだったのです。

僕の中の音楽の歴史が大きく動いた瞬間でした。

サムデイだけが目当てで買った、このLPレコードでしたけど、針を落とした瞬間、流れてきた曲に大きく心を動かされました。スターダストキッズ。そのサキソフォンの前奏から衝撃だった。
何が衝撃だったんだろう・・・いまとなってはうまく言葉にできません。

でも、スターダストキッズからガラスのジェネレーション、サムデイに至り、次々と流れてくる、その歌にどんどん僕は引き込まれていったのです。
そこから、もう、繰り返し繰り返し、部屋にいるときは、そのアルバムを僕は聞き続け、元春さんを追いかけて、今に至っているわけです。



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