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ある日の地下鉄 [よしなしごと]

今日も地下鉄は普段通り動いている。
今日も僕は普段通り地下鉄に乗って家路についている。



23年前の其の日。

出勤のとき、まだ新宿区内にあった会社の門を入ろうとした、まさにその時。今まで見たことの無い「レスキュー」と側面に書かれた大きな特殊車両がサイレンを鳴らして過ぎていった。
地下鉄サリン事件の起きた日の朝の僕の記憶である。
それから2年経って、僕は事件の首謀者や実行に携わったとして起訴された被告たちの裁判を取材する記者となった。

傍聴席から見た被告たち。
首謀者と目されている被告・・・見苦しいほどな蓬髪と伸び放題のヒゲに囲まれた顔は表情を失っている。其の動きは緩慢で、時折、意味不明な言葉を発する姿には唖然とさせられた。こんな人間に従う人間が居るものだろうか。しかも未曾有の犯罪行為も厭わずに。

其の未曾有の犯罪行為に手を染めたとされる被告達は一様に、見た目はその辺にいる人たちと変わらない。いや、むしろひ弱で、こんな人間に人を殺すことが出来るのかとさえ思えてくる。反省の弁を述べる者、全く反省の様子が見られない太々しい態度の者、自分の置かれた状況が、此の期に及んでも理解できていない様子の者。

其の姿は様々であったが、ただ共通するのは、彼らの一人一人は紛れもなく我々と同じ人間であったということだ。

首謀者はともかく、その手下達は、私たちと同じ普通の生活の中にありながら、何かのきっかけで普通が普通で無い世界に足を踏み入れ、私たちの生活を破壊しようとする人たち、いや人で無しになってしまった。

そういうきっかけ・・・危険なきっかけ、いわば落とし穴は、僕たちの周りに沢山あるのだ。
だから、こうした事件の記憶を風化させてはならない。
必ず、また、普通の人を普通で無い世界に引き込もうとする力が、どこかでうごめき始める。いや、もううごめいているハズだから。



今日も地下鉄は普段通りに動いている。
乗っている人たちも普段通り。今日が何の日だか気に留めているやらいないやら見ただけでは僕にはわからなかった。
そして其の地下鉄は今日も、何事もなく霞が関の駅に停車し、すぐに出発して行った。




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